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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)170号 判決

原告

株式会社サンポール

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

羽取浩

被告

特許庁長官

宇賀道郎

右指定代理人

小泉勝義

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五八年審判第一五九一二号事件について昭和六〇年七月三〇日にした審決を取消する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年七月一四日別紙(一)記載のとおり「BARICAR」の欧文字を横書してなり、指定商品を第七類「建築又は構築専用材料、セメント、木材、石材、ガラス」とする商標(以下「本願商標」という。)につき商標登録出願をしたところ、昭和五八年五月二七日拒絶査定を受けたので、これに対し審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第一五九一二号事件として審理した上昭和六〇年七月三〇日「審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年九月四日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品及び登録出願日は前項のとおりである。

2  これに対し、登録第六七〇三九四号商標は、別紙(二)記載のとおり「バルカー」の片仮名文字を横書してなり、第七類「建築又は構築専用材料、セメント、木材、石材、ガラス」を指定商品として昭和三八年二月一六日登録出願、同四〇年三月一七日設置登録され、同五〇年八月一日、同六〇年四月二六日順次商標権存続期間の更新の登録がされているものである(以下この商標を「引用商標」という。)。

3  よつて按ずるに、本願商標はその構成により「バリカー」の称呼を、引用商標はその構成により「バルカー」の称呼をそれぞれ生ずることは明らかである。

そこで右両称呼を比較すると、「バ」と「カー」の音の配列を同じくし、異なるところは「リ」と「ル」の音の差異である。しかし「リ」と「ル」の音は、舌面を硬口蓋に近づけ、舌の先で上歯茎を弾くように発する有声子音「r」を共通にする近似音であるばかりでなく、語頭にあつて強く発音、聴取される破裂音「バ」に続いて発音されるため、比較的弱く響く音であるから、「リ」と「ル」の音の差異が全体としての称呼に及ぼす影響は極めて少なく、両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、語感、語調が近似し、彼此聴き誤まるおそれがあるといわざるをえない。

4  してみれば本願商標と引用商標とは称呼において類似する商標であり、かつその指定商品も同一であるから、本願商標は商標法四条一項一一号に該当し、登録することができない。

三  審決の取消事由

本願商標と引用商標とが、それぞれの構成により「バリカー」と「バルカー」の各称呼を生ずることは認める。しかし審決は以下主張のとおり本願商標と引用商標との類否の判断を誤つたものであるから取消されるべきである。

1  「バリカー」と「バルカー」とは、共に末尾に長音を従えたわずか三音という極めて短い構成からなるものであり、例えば六音、七音というような長音構成の場合と異なり各構成音はそれぞれ区分して明確に発音され、明確に聴取される。すなわち両称呼は、三音構成中の第二音が相違する結果全体の称呼の語調、語感に著しい相違があるから、聴者は別異の称呼として両者を明確に区別することができるのである。

2  審決は、右相違音である「リ」と「ル」とは有声子音「r」を共通にする近似音であるというが、これは短音構成からなる称呼の一音が異なる場合に、その異なる一音の双方が五十音の同一行に属する場合に両称呼は類似する、とするものである。しかしこの点に関しては反対の見解を採る審決例も多数存在し(甲第五号証の一ないし四九)、この中には、本件と同様異なる一音の双方が共にラ行に属する場合も多いのである(同号証の三七ないし四六)。

また、「リ」音と「ル」音とは同一行に属するものの、それぞれの帯有する母音は、「イ」音と「ウ」音であり発音方法を全く異にする。そして「リ」音は明朗で明るい音質からなるのに対し、「ル」音は帯有母音が「ウ」音である関係上内にこもつた鈍重かつ不明瞭な響きを有する弱音的音質からなる。従つて両者共にラ行に属することの一事をもつて近似した音質のものであるとすることは、とりわけ本件のようにわずか三音からなる場合には到底妥当しない。

審決はまた、前記異なる一音が比較的弱く響く音である点をも挙げている。しかし前記審決例を見ると、異なる一音にアクセントが置かれていない場合もこれまた多く存在するのである。従つて、右審決の理由も薄弱なものといわなければならない。

3  原告の右1の主張が正しいものであることは次の事実からも明らかである。

すなわち、引用商標が先登録商標として存在していたにもかかわらず、特許庁は、本願商標とその構成を全く同一にする登録第八五九一二九号商標(指定商品を「金属製、プラスチック製、セメント製の柱及び車止柵」として昭和四〇年六月三日登録出願、昭和四五年六月四日設定登録、なお、昭和五五年六月四日存続期間満了により商標権消滅登録、以下「先登録商標」という。)の登録出願を拒絶することなく、その登録を許容したのである。

被告は、先登録商標と引用商標とが併存していた事実を認めながら、このことは本願商標と引用商標とが類似するとの判断に影響がないと主張するが、右主張に従えば、先登録商標は引用商標に類似する(前者の指定商品は後者のそれの一部)にもかかわらず商標登録されたことになる。しかし商標の登録出願に対する登録要件の認定に裁量の余地はなく、登録査定の処分が恣意的に行われるはずはないのであるから、この事実は本願商標と引用商標とが称呼上類似しないとする原告の主張を裏付けるものである。なお原告は、先登録商標が現実には使用されておらず、昭和五五年六月四日存続期間満了により商標権が消滅したので、それならば登録されるものと考えて本願商標の登録出願をしたものであり、このような期待が一方的に奪われるとすれば、その影響は重大である。〈以下、省略〉

理由

一請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二そこで原告主張の審決取消事由について検討する。

1  〈証拠〉によると、引用商標の構成、指定商品、登録出願日、設定登録日、更新登録日が審決の理由の要点に摘記のとおりであることが認められ、また本願商標及び引用商標からそれぞれ「バリカー」及び「バルカー」の称呼を生ずることは当事者間に争いがない。

そこで右両称呼を対比してみると、まず音の配列において第一音の「バ」と第三音の「カー」とは同一であり、異るのは第二音における「リ」と「ル」の差異に過ぎない。ところが「リ」と「ル」は五十音のラ行の同行音であり子音を共通にする近似の音である。そして両者を一連に称呼するときは、いずれも頭音である「バ」の音が強く発音されるのに対し、第二音の「リ」、「ル」の音はこれと比較して弱く響く音であり、かつこれに続く第三音が同じ「カ」の長音であることから、称呼全体に及ぼす影響は少いものであることが認められる。

そうしてみると、両称呼が一個の長音を含む三個という比較的短い音の構成からなるものであること及び「リ」と「ル」とが帯有母音を異にするものであることを考慮に入れても、これらを一連に称呼するときは、語感、語調が互いに近似し、彼此混同されるおそれがあると認められる。従つて、本願商標と引用商標とは称呼上類似する商標であるというべく、この点に関する審決の判断に誤りはない。

2  原告は、短音構成からなる称呼の一音が異なる二つの商標において、その一音が五十音の同行音(特にラ行を含む)に属する場合及び右称呼の異なる一音にアクセントがない場合でも称呼上非類似とする審決例が多数存在する旨主張する。

しかし原告の援用する成立に争いのない甲第五号証の一ないし四九の審決例は、本件と事案を異にするものであり、またその判断の相当性に疑問のあるものもあるから、これらの審決例が本願商標と引用商標の称呼の類似性に関する前記の判断を左右するものではない。

3  原告はまた先登録商標(その構成、指定商品、登録関係が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。)が引用商標と登録上併存していたことを根拠に本願商標と引用商標とが称呼上類似しない旨主張する。

しかし、先登録商標は、その登録出願の日前に引用商標の登録が存在していたのであるから、これと称呼上類似する商標として他に特段の事情がない限り商標法四条一項一一号により商標登録を受けることができないものが誤つて登録されたものというべきである。従つて右事実も本願商標と引用商標の称呼の類似性に関する前記判断を左右しない。

4  以上のとおり、原告の主張する審決取消事由は理由がない。〈以下、省略〉

(裁判長裁判官瀧川叡一 裁判官牧野利秋 裁判官清野寛甫)

別紙 (一)

別紙 (二)

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